りゅうちょうのつれづれ日記

にちにち日記

童学寺住職の日常をつづっております。

一生に一度のお願い

誰にでもある?

神だのみ

誰にでもあると思うのですが、どんな代償を払っても叶えたい、叶わないと困る事があると思います。

例えばこの試合に勝てば甲子園!とか、国家試験に合格したい!とかです。

手術に成功して欲しいとか、無事帰ってきて欲しいとかもあります。

こんな時には、お寺や神社に行って神様仏様にお願いするんじゃないでしょうか?

実は私も一度だけ、とことん頼んだことがあります。それは家内が長男を妊娠していた時でした。

もしかしたら、今、目の前でゴロゴロ横になり、タブレットをいじっている男(もちろん長男)は居なかったかもしれなかったんです。

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子供の事は言えません(笑)

順調でなかった妊娠

24週から

突然

徳島駅前の産婦人科にかかっていました。初めのうちは、特に問題もなく、出産後の産院の食事が豪華なのを楽しみに通っていました。

ところがある日、検査をしてみると、「破水反応が出ているので早産の危険性が高い」とお医者さんに言われ、救急車で大学病院に搬送されました。

そこで告げられたのは、衝撃的でした。

いつ、生まれてもおかしくない状態で、今は薬でもたせている。いつまでもつか分からない。生まれてきても育つかは分からない。育っても機能的に障害が出るだろうとの事でした。

家内はどの程度理解していたか分かりませんが、取り乱していました。当たり前ですね。特に異常分娩が考えられる人が入る用の4人部屋でしたので、できる事もなく、とりあえず帰宅しました。

帰ってきて、パソコンで調べました。6ヶ月で生まれたらどうなるか。7ヶ月で生まれた場合。どんな治療をするのか?どういう例があるのか。

どーんと体が重くなりました。

何ができるか

しばらく沈んでいたのですが、いくら考えても無駄です。

できる事は何だろうか?すべきことは何だろうか?

とりあえず、毎日励ましに行き、おいしい物でも買っていって、家内の前では明るくしないといけない。雑誌でも暇つぶしにいるかもしれない。

なんせ、絶対安静で寝たきりでトイレにも行けない状態です。しかも、24時間点滴。気の毒としか言えませんが、同室の人は皆そんな感じです。

でも、私には他にできる事がありました。坊主ですので仏様に祈る事です。

本堂で

もう、遅くなっていましたので、真っ暗な本堂に明かりをともし、拝んでいました。

仏様にお願いをするために拝むのを、祈祷(きとう)といいます。その為に、お供えをしたりするのですが、この日はお供え物と共に、別の物を差し出しました。

願掛けと言えば良いのか、断ち物と言えば良いのか、条件付けと言うべきなのか。

「今後の人生で、自分の事をお願いすることはございません。かわりに、無事、長男を出産させて欲しい、他には何も望みません」

そうお伝えして、拝んでいました。

ちょっと昔話

徳川幕府の3代目将軍の家光(いえみつ)が子供の時、体が弱く、生きるか死ぬかの状態の時の事です。家光の乳母であった春日局(かすがのつぼね)は「一生、薬を飲まないかわりに、家光を救ってください」と祈ったそうです。

実際に、年を取って病気になって、死ぬ間際でも「仏様にした約束だから、もし破った場合、家光様に何かバチがあたってはいけない」と言って、どんなにすすめても薬を飲むことを拒んだそうです。

すっきり

2時間ほど拝んだでしょうか?心持ちが軽くなっていました。

実際どうなるのかは、まるでわかりません。拝んでいる最中に、もう生まれてしまっていても、おかしくはないのです。

しかし、寝る時まで連絡はありませんでした。とりあえず、今日は無事だった。

拝んでからは心も体も、妙にすっきりしていたので、ゆっくり眠りにつくことができました。

生まれるまで

翌日から

翌日、病室を訪れました。特に変わりなく、家内はベットで点滴を受けていました。お腹が張っているので、張るのを防ぐ薬を点滴しています。点滴のスピードも最高に近い。薬の影響で暑いと言ってました。

次の日も変わりありません。いつ生まれるか、びくびくしています。

4日目、5日目、6日目、いつの間にか1週間たちました。

お医者さんも「ちょっとでも長く、お腹の中にいてくれたら・・・」と言ってます。

不安定な状態ながら、1月が経ちました。この頃には、「ひょっとして大丈夫?」と思い始めていました。

でも決して、楽観視できる状態ではありません。お医者さんもいつまでもつか?くらいの感じでしたし。

家内は、風呂に入りたい、ヒマで仕方ない、外食したい、点滴が痛い(ずっとだから場所を変えながらしていますが、痛んでくるようです)という事をずっと言ってました。

そんなこんなで36週にさしかかる頃まで生まれる事はありませんでした。

退院

結局、36週で退院することができました。「40週までもてばいいけど、もういつ生まれても良い」とのことでした。

3ヶ月ほど寝たきりだった家内は歩けませんでした。お腹が大きくなったのでバランスがとりにくいのも原因です。それでも、ふらふらしながらもシャワー室に向かいました。「最高に気持ち良い」そうです。よかった。

退院して、食べたい物を聞くと「焼肉」でした。久しぶりに、できたてというか焼き立ての物が食べれて幸せそうです。

逆戻り

その日は早めに寝ました。そして、翌朝の事です。

おしるしが来た気がする・・・」そう、昨日出てきたのに、もう出産の為、病院に向かいます。

そうして、大変そうでしたが、無事生まれる事が出来ました。2900gと36週の割には大きな方です。40週だと大きすぎたかもしれません。

ちなみに立ち合い出産でした。

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ただただ、嬉しかった

親の心は

適切な医療と家内の頑張りで長男は無事生まれました。そして、もちろん仏様のお力もあったものと信じています。本当にありがたいもので、奇跡的なことだと思います。

命がない可能性もあったのですから。

早いもので、長男は中学2年生です。すくすくと成長しています。本当に仏様には感謝しています。ええ、感謝していますとも!

でも、親の心はまた、違いますよね?「這えば立て。立てば進めの親心」と申します。

ついつい、欲が出ます。もうちょっとしっかりして欲しい。この成績どうにかならんかなあ。字が汚すぎる・・・。

仏様には、「無事生まれれば、他には何も望まない」と言いましたが。子供の成長を望む親心は、仏様も笑って許して下さいます・・・よねえ?